ド演歌から思ったこと

最近、若い音楽家のカバーなどによって昭和歌謡が見直される傾向がありますね。

 

まあ、やはり歌唱力ありますしね。

あと、昔のポップスは演奏が豪華です。華やかですね。

 

昨夜、布施明さんの新録がラジオから流れてきたときふと、両親と演歌の話になりました。

 

演歌のエッセンスを落とした歌謡曲ではなくいわゆるド演歌のことです。

 

ド演歌って排他的でなんとなく触れちゃいけないようなモノな気がしてその前で躊躇してしまいます。

それって例えば奴隷制度が色濃く残っていた頃のブルーズとか、レゲエのルーツの一つとなったナイヤビンギとか…、むかーしのサルサとか。

 

なんとなく「いけないモノ」。気軽に入っていけないし、気軽に入っていったら怒られそうなモノに含まれるような気がしています。

 

植民地などの歴史的背景も共にありますしね。

 

人間って移動して世界中に広がって混ざって行くのが本能と言って良いと思うし、なにより今は情報の動くスピードが昔とは違い過ぎる。

 

「いけないモノ」が急速に失われていってるように思います。

…というよりも土着という意味では既に失われたんですね。

 

特に音楽遺産って譜面と録音に頼っているので両方の恩恵を受けられずに消えていく音楽が数多あるのでしょう。

 

自分としてはその流れを強制的に押し止めたいとかは思わないです。全てのモノに光をあてることが良いことだとは思いませんし…。

歌は世につれ世は歌につれ、です。

 

ただ少々の寂しさは感じますが。