「うける」ということ

いわゆる「うける」とは何か?

とってもドライに言ってしまえば結局は多数決の結果の事でしょう。100人中8人に「うけた」としてもたった8%。でも10人中8人に「うける」なら80%。

 

「うける」にも種類があってうれしい「うける」と嬉しくない「うける」がある。

自分の本当にやりたかったことがあたった時には嬉しい「うける」。やりたくないことをいやいややって「うけ」たとしてもあまりうれしくない・・・

 

ただそこに経済の問題が組み込まれてくると事態は複雑化する。

嬉しい「うける」があっても金銭的な反応がなければ嬉しくなくもなるし、その逆も然り。

 

要するに自分のやりたいことを正直にやって「うける」のがベスト。

 

では「うける」ために何をなすべきか?

そこが問題ですね・・・・

 

株式相場を見ているとたっくさんのデータを収集して過去から未来をなんとか予測しようとあがいている。当たる時も当たらない時もあるのはやっている本人が1番良く分かっている筈。

それでもデータ収集して出した結論が、適当に出した結論より確率が良いのは事実。だから必死にデータを集めて分析する。

 

「うける」のもこれと同じ側面があるのではないかなあ、と思うんです。

 

ただ違うのはゲームプレイヤーとしての意識かな。

 

自分が「うける」為に行っているのは音楽であって株式相場ではない。(「うける」為にすべてを捧げつくしているわけじゃないけど、でもやはり「うけ」れば嬉しい)

その自分の意思を邪魔だと言い切れるほど音楽に対してドライにはなれないし、それに「うけ」を狙えば「うけ」ることが出来るほどの才能もない。

 

と、なると結局自分の世界を突き進んでみるという方法しか浮かんでこないんです・・・・・

 

はい、結論

 

好きなようにやります(面白くない結論ですみません)